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末続が素晴らしい「ある」理由(MSNジャーナル:2003年9月4日)

陸上の男子短距離で、世界選手権とオリンピックを通じて日本人初のメダルを獲得した末続慎吾は、一夜にして国民的ヒーローになった。彼の銅メダルが何色のメダルよりも輝いて見えるのは、黒人選手が圧倒的に強いと言われるなかで、見事な走りをしたからだけではない。末続はもう1つ、スポーツ界にはびこる「強さ」をはねのけたのだ。

この2週間、2人の日本人アスリートが国際大会で目覚しい活躍をした。マスコミで大きく取り上げられ、帰国してからも惜しみない称賛を受けているのも、うなずける。

ロサンゼルスで開催された世界体操選手権では、鹿島丈博があん馬で中国の選手と優勝を分け合ったのに続き、鉄棒でも優勝して2個の金メダルを獲得した。日本の体操界が栄光の時代を取り戻したのかと、胸を躍らせる人も少なくない。鹿島の2種目制覇と、日本の団体総合3位という成績が、待望の「体操王国ニッポン」の復活のきざしであってほしい。

かつて、日本は体操界の王者だった。1960〜78年には世界選手権とオリンピックを合わせて団体10連覇を達成。だが、日本人選手が金メダル2個を手にしたのは、84年にロサンゼルス五輪で具志堅幸司が個人総合とつり輪で獲得して以来、20年ぶりとなる。

8月31日にTBSの「サンデーモーニング」では、鹿島が低い身長(169センチ)をものともしなかったことを、とりわけ称賛していた。「手足の短い日本人に不向きな競技と言われたあん馬で、初の金メダルを獲得」

日本の団体成績は28位だったが……

もう1人、1週間前にとびきりの賛辞を受けた日本人アスリートは、末続慎吾だ。末続は8月29日に、世界陸上の男子200メートルで銅メダルを獲得した。男子短距離では世界選手権、オリンピックを通じて日本人初のメダルだったため、もちろん国じゅうが誇りに思った。

とはいえ、私はちょっと面白いとも感じていた。私の知るかぎり、日本の団体成績が悪かったことに触れた報道は1つもなかったからだ。日本選手団は金メダル0個、銀メダル1個(女子マラソンの野口みずき)、銅メダル3個(末続、男子ハンマー投げの室伏広治、女子マラソンの千葉真子)で、参加国のうち28位タイに終わった。

3位という結果に、今回の日本ほど興奮した例があるだろうか。アメリカのジョン・カペルとダービス・パットンに続いてゴールに飛び込んだ瞬間から、熊本県出身の23歳の青年は、あらゆるニュース番組やワイドショーのトップを飾った。

もっとも、そんな大騒ぎの全部とはいかないが、一部はたしかに納得できる。末続の銅メダルはいくつかの意味で、とても偉大な勲章なのだ。その理由の1つは誰にでもわかるはずだが、実はあまり注目されていないこともある。

言うまでもない理由の1つは、日本の陸上界に輝く最も新しいヒーローを取り上げたテレビ番組のほとんどで語られている。8月31日のTBSの「サンデージャポン」でも、司会を務める爆笑問題の大田光がオープニングで次のように言った。

「まわりは全部、黒人選手ですから。そのなかで3着ですから……」

番組に出演していたテリー伊藤はこうつけ加えた。

「身体能力が、やっぱり黒人の人たちのほうがある」

黒人選手の強さの秘密はどこに

実際、決勝に進出した7人のうち末続以外はすべて、黒人ランナーだった。黒人は生まれつき足が速いから、短距離でアジアの選手がメダルを獲得したことは本当に注目に値するのだと、ほぼすべての日本人は当たり前のように言う。しかし世界の大半の国では、その点を日本ほど強調してはいない。

私の祖国アメリカでは、黒人が白人などほかの人種よりも生まれつき足が速く、高く跳べて、身のこなしが軽やかで……という考え方には、いまだに根強い反論がある。ごく最近まで、大半の社会学者は、そのような人種の優位性を裏づける決定的な科学データはないと譲らなかった。北米やカリブ海の黒人が秀でている種目で、ブラジルやアフリカ系の黒人が必ずしも秀でてはいない、というわけだ。さらに、人種だけが好成績の理由だとしたら、棒高跳びや円盤投げなど黒人選手が強くない種目もあるのはなぜか、とも主張する。

一方で、アスリートの実績には人種も関係があるようだと指摘する、勇敢な研究者も出てきた。その1人、ジョン・エンタインは2001年に、『タブー:黒人アスリートはなぜスポーツ界を席巻し、人々はなぜその話題を避けようとするのか』(邦題・黒人アスリートはなぜ強いのか──その身体の秘密と苦闘の歴史に迫る)という著書で物議をかもした。

陸上の短距離種目で黒人選手が伝統的に強いことは、人種もその理由かもしれないが、私は完全に納得しているわけではない。この問題は性急に一般論を持ち出す前に、もっと詳しい調査と科学的な研究をするべきだ。

完ぺきな肉体は本当にトレーニングの賜物か

さて、末続の銅メダルを偉業と呼べる理由は人種とも言えそうだが、ほかには何があるだろうか。あえて言葉にしたくはないが、それはドーピング問題なのだ。

大きな国際大会の一部の種目で、日本人があまりいい成績を残せないのは、人種や遺伝子のせいかもしれない。だがそれだけでなく、日本人選手が他国の選手ほど、筋肉増強剤などの禁止薬物を量的にも回数的にも「使わない」からでもあるのではないか。

パリで開催された世界陸上に出場した女子選手を、注意深く見ていた人はわかるだろう。短距離選手の大半は──どのランナーも──世界中の男性が憧れる体つきだった。洗濯板のように割れた腹筋に、引き締まったウエスト。腕の筋肉は盛り上がり、サラブレッドのような脚をしていた。

いろいろな意見はあるだろうが、私に言わせれば、あの現実離れした肉体のすべてが、ジムやトラックで厳しい練習を積んだだけで生まれるはずがない。彼女たちの大多数は、そして男子選手の大半も同じように、禁止薬物の瓶に首をつっこんでいると私は思っている。主な大会で実施される単純な尿検査では検出されない方法で、ドーピングに手を染めているのだ。

ドーピングとは無縁のメダルの価値

今回の世界陸上でも、女子100メートルと200メートルで2冠に輝いたアメリカのケリー・ホワイトが、8月24日の100メートル決勝のレース後に受けたドーピング検査で陽性反応が出たため、処分を検討されていた。ホワイトの検査サンプルから、禁止薬物との関連性が強いとされる興奮剤の一種モダフィニルが検出されたが、本人とコーチは睡眠障害のために服用したプロビジルに含まれていたと主張。ホワイト側は、モダフィニルが国際陸連(IAAF)の禁止薬物リストに入っていないから事前に報告しなかったとして、悪意はないと釈明した。

ホワイトが薬物疑惑に巻き込まれたのは、今回が初めてではない。2002年7月に、同じフランスのサンドニで開かれた大会で走った後にも、消炎剤として使われるグルココルチコステロイドの陽性反応が出た。ホワイトは医師の証明書を持っていなかったため、いったんはフランスのアンチ・ドーピング機構から大会追放処分を受けた。だが、IAAFはいつのまにかホワイトの処分を取り消していた。

大半のアメリカ人は、今回の世界陸上にあまり注目していなかった。アメリカは金メダル10個を含む計20個のメダルを獲得し、参加国のなかで1位だったとはいえ、4年に1度のオリンピックでなければ、陸上競技はそれほど魅力的とは思われていない。

結局、IAAFはホワイトの金メダルを2個とも剥奪すると発表(最終的な処分は聴聞会などの後に決定)。アメリカのメダル獲得数は、ロシアの19個(うち金メダル6個)に続いて2位に転落する。いずれにせよ、ほとんどのアメリカ人は最初からあまり注目していなかったのだから、気にもとめないだろう。

だが私は、祖国をはじめ世界中のスポーツ先進国の選手のあいだに禁止薬物がはびこっていることが、恥ずかしくてたまらない。

末続が、考えられる人種のハンディキャップをものともせず、それ以上に大切なのは禁止薬物をいっさい使っていないなら、彼の銅メダルは本当に見事な成果だ。薬物の助けを借りて獲得した金メダルや銀メダルより、ずっと明るく輝いている。

おめでとう、末続! 来年のアテネ五輪での活躍が楽しみだ!

(翻訳:矢羽野薫、MSNジャーナル編集部)

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