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プロフェッショナルになれない日本のスポーツ報道(MSNジャーナル:2003年7月10日)

野球のことを何も知らない「ゲスト」を実況席に座らせる日本の野球中継は、もはや救いようがない。一方、プロフェッショナルなスポーツ報道が根づいているアメリカでは、あのイチローさえ、テレビのインタビューにも笑顔で率直に答えている。

ああ、何ということだ。日本のスポーツ報道はよくなるどころか、ますます悪くなっていく!

6月25日の水曜日に、日本テレビは東京ドームから読売ジャイアンツ対横浜ベイスターズ戦を中継した。だが、本物のスポーツ中継が見たくてテレビをつけた人々は、くだらないドタバタ喜劇につき合わされた。

その中継は、タレント(才能)のないタレントグループ、SMAPの露骨なプロモーション活動だった。大人の男性というより女の子のような5人の若者が、座っている資格のない放送席に陣取り、視聴者は彼らの陳腐なコメントを繰り返し聞かされた。日本テレビのプロデューサーはさらに、イニングの半分で中居正弘に実況までさせたのだ。冗談としか言いようがなかった。

SMAPをはじめ、タレントも頭の中身もない男の子のグループを抱えるジャニーズ事務所が、脱税容疑で告発されたニュースは誰もが知っているだろう。事件が発覚したのは7月2日で、SMAPの所属事務所と関連会社を合わせ、少なくとも6億5000万円の申告漏れが指摘されている。

ここで、ぜひ提案したいことがある。ジャニーズ事務所の幹部が税制を欺いた罪で刑務所に入らなければいけないなら、私が思うに、6月25日の中継を担当した日本テレビのプロデューサーも、視聴者を欺いてまともなスポーツ報道をしなかった罪で刑務所に入るべきだ。バラエティとスポーツを組み合わせようという愚かな試みは、いい加減にやめなければならない。

中継の責任者をクビに!

本物のスポーツファンは、そのわずか3日後にも、再び大きな失望を経験することになった。6月28日にフジテレビが、ナゴヤドームの中日ドラゴンズ対読売ジャイアンツ戦の中継で、やはりタレントのないタレントグループ、モーニング娘。を最近「卒業」した後藤真希(17)をメインゲストに起用したのだ。

元捕手で、現在はコメディアンと野球解説をパートタイムで兼任しているデーブ大久保は、野球のことを何も知らない若い女の子と意味のある会話をするという、ほとんど不可能な任務を課せられた。気の毒で悲しい場面だった。この企画を思いついたフジテレビの責任者をクビにするべきだ。

優れたスポーツ番組にバラエティは不要

ありがたいことに、アメリカに住んでいる私の友人たちは、本物の優れたスポーツ番組のビデオを定期的に送ってくれる。

私のお気に入りの1つは、HBOテレビの「ブライアント・ガンブルのリアル・スポーツ」だ。54歳のガンブルは、1972年にロサンゼルスのKNBCテレビでスポーツキャスターとしてデビューした、この道31年のベテランだ。NBCネットワークとHBOの番組で数々の賞も受賞している。

ガンブルのHBOの番組には、コメディアンも胸の大きなアシスタントの女性も出演しない。自分の宣伝のためだけに来る、意味のないゲストもいない。彼の番組が取り上げるのは、アメリカでも有数の洞察力のあるリポーターが中心で、たとえば、全米スポーツキャスター・スポーツライター協会の「年間最優秀スポーツライター」に6回選ばれたことのあるフランク・デフォードもその1人だ。

デフォードは2001年7月に、日本へ来て「イチロー現象」と題するリポートを取材。2001年8月15日にリアル・スポーツで放映された。ボストン・グローブ紙のライター、ビル・グリフィスはその番組を見て、「デフォードのリポートはいつもそうだが、今回も綿密な取材に基づき、台本も映像も説得力があった」と評した。

イチローから本音を引き出すインタビュアー

デフォードの番組について詳しく話したいところだが、スペースの都合もあるから、1週間ほど前にHBOの「ボブ・コスタスのオン・ザ・レコード」で放映されたばかりの、こちらも素晴らしいイチローのインタビューを紹介しよう。

コスタスも全米でも名高いスポーツキャスターで、29年間、プロフェッショナルな仕事をしてきた。報道部門で受賞した賞は多すぎて挙げきれないが、普段はかなり口の堅い著名人の話を引き出す才能がある優秀なインタビュアーだと言えば、少しわかってもらえるだろう。

6月27日に放映された番組で、コスタスはイチローを次のように紹介した。

今まさに、上り調子のイチロー・スズキです。(今シーズンは)スロースタートでしたが、先日は19試合連続安打をマーク。打率は.350を超え、マリナーズの右翼手にとってお馴染みの数字になりました」

「2001年に、当時27歳のイチローは、日本人選手として投手以外で初めてメジャーリーグに挑戦しました。彼はテストに合格しただけでなく、完ぺきに成し遂げたのです。打率.356で首位打者を獲得し、過去70年以上、誰も手の届かなかったシーズン242本安打を達成して、56盗塁を決め、ア・リーグのMVPに輝きました」

「パワー偏重が野球の微妙なニュアンスを薄れさせる時代にあって、175センチ73キロのイチローはホイペット(ウサギ狩りなどに使われる敏捷な小型犬)のように素早く、いたるところにライナーを飛ばす。あっという間にバッターボックスを飛び出しているから、普通のゴロも安打になる。小さなことが大切だという、当たり前の野球哲学を守っているのです」

「道具は体の一部だと思っています」

この後に続くインタビューの一部を紹介しよう。これほど率直に語るイチローの姿は、おそらく日本ではお目にかかれない。

Q(コスタス):アメリカと日本の野球で最も大きな違いは?

A(イチロー):1点を取りにいくのがアメリカの野球、1点を守るのが日本の野球です。

Q:あなたはシアトルだけでなく全米で人気があるが、それでも、野球へのアプローチや個人的な生活は、アメリカの野球とも社会の大半とも馴染まない。パワー野球の時代に、あなたは微妙なプレーを大切にする。誰もが自慢したがり、バカ騒ぎや贅沢のかぎりを尽くす時代に、あなたはプライバシーを大切にして地味に暮らしている。

A:まわりの選手の体が大きいからと言って、僕もウエイトトレーニングに力を入れて、体を大きくしようとは思わない。僕に必要なのは、自分の才能を最大限に活かすことです。だから、スピードを活かし、自分にできる最高のオールラウンドプレーヤーになることだけを考えています。
フィールドの外でのライフスタイルも、その延長にありますね。自分を見失ってはいけません。

Q:前のルー・ピネラ監督は激しく怒りを表現して、かんしゃくを起こすときもあった。ブレット・ブーンはヘルメットを投げ、バットを放り出したりする。そんな行為を見てどう思う?

A:ファンの立場であれば、ルーの大げさなパフォーマンスは面白いですよ。彼もファンが喜ぶのを知っていて、期待に応えているのでしょう。
でも、ブーンのような選手がヘルメットや道具を投げつけるのは、ただ自分に腹を立てているだけ。そんなふうに怒りを発散させる選手もいますが、それは僕のスタイルではありません。バットを投げて、ヘルメットを叩きつけても、自分の失敗は道具が悪いわけではない。僕は自分に腹を立てたら、自分の顔を叩くことを選びます。罪のない道具には当たりません。
たとえば、バットは誰かが真心を込めて、気持ちを込め、丹念に作った道具です。機械ではなく、職人が手で作るのです。グラブやスパイクも同じ。僕は、道具は自分の体の一部だと思っています。

Q:(最後のほうでコスタスは笑いを誘おうとした。)アメリカと日本の野球で、大きく違うことを思いつきました。アメリカでは(53年間、カージナルス、アスレチクス、ホワイトソックス、カブスの実況を担当した)ハリー・キャリーは今も崇拝され、愛される実況アナウンサーです。でも日本では、ハリー・キャリーはあまり好かれない。

A:(通訳の説明を聞いたイチローは、発音にかけたジョークがわかると大笑いした。)腹切りということ?
誰からも愛される、野球を代表するような名物アナウンサーは、日本にはいません。アメリカの野球で本当に素晴らしいと思うことの1つは、フィールドの選手だけでなく、それを支えるいろいろな人たちがつくりだす伝統と歴史です。ここで野球をしていると、アメリカの文化にとって野球がどんな意味を持っているのかを、本当に感じさせてくれますね」

回転ドアのように入れ替わるアナウンサー

コスタスは冗談のつもりだった質問だが、これは、インタビューのなかでもとくに大切な答えを引き出した。イチローは、日本のスポーツ報道には貴重な話し手が「1人もいない」ことをわかっているのだ。日本人なら誰でも名前を知っていて、みんなが尊敬するような存在はいないことを。

そもそも、日本のネットワーク局があれほど子供じみた、素人同然の報道をしているのだから、尊敬などありえない。日本のラジオ・テレビ局の大半は、名前も実力も伴う人気キャスターを育てようとせず、優秀なキャスターを何十年も続けて起用するつもりもない。日本の実況席は、回転ドアのようにアナウンサーを次々に入れ替え、中継を台なしにする以外は何もできない、頭の空っぽなゲストを呼んでくるだけだ。

イチローが、メジャーであれほど楽しそうにプレーしているのも不思議ではない。最高の仲間と野球ができるだけでなく、最高のキャスターたちにインタビューされるのだから。

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