Welcome to Marty's Ballpark!

ismac 講演依頼はこちら

ENGLISH 英語ページはこちら

トップ > 記事の紹介 > 相撲にもワールドカップのような奇跡を(MSNジャーナル:2002年5月29日)

記事の紹介
ARCHIVES

相撲にもワールドカップのような奇跡を(MSNジャーナル:2002年5月29日)

ワールドカップの成功は、日本のサッカーを大いに盛り上げるだろう。それに引き換え、相撲人気の凋落はどうしたものか。優勝した横綱より、1年近く土俵に上がっていない横綱のほうが話題になっている。崖っぷちに立たされた相撲界は、どこまで真剣に改革をめざせるだろうか。

31日に開幕するワールドカップは、日本のサッカーの発展にとって、大きな起爆剤となるだろう。ただし、大きな後退に結びつく心配もある。

日本代表が素晴らしい試合をして1次リーグを突破すれば、闘志あふれるプレーに新しいサッカーファンが増えて、新しい選手も次々に登場するだろう。そして、ワールドカップのために建設された多くの新しい施設も、それなりに活用されるかもしれない。

一方、もし日本がベルギーとロシアに完敗したら、6月14日の対チュニジア戦で日本の出番が終わった後は、多くの日本人がワールドカップにもサッカーにも興味を失うだろう。その場合、ファンはそれほど増えないし、莫大な費用をかけすぎたアクセスの悪すぎる施設は、きっと見向きもされなくなる。そして、すでに不満を感じている納税者は、税の負担が一気に増えて驚くことになる。

人々はこんなふうに言うだろう──サッカーなんて、世界のレベルを考えたら日本はたいしたことはない。

私は楽観的でありたいし、これから数週間で、最初のシナリオが実現することを祈っている。ワールドカップが日本と日本のサッカーを大いに勢いづけることを、真剣に期待している。

6場所連続全休の横綱

そんなことを思いながら、先の日曜日に終わった大相撲夏場所を振り返り、相撲を盛り上げるために何ができるかと考えてみた──相撲を「救う」ために。

今年の夏場所は、横綱武蔵丸が13勝2敗で優勝した。11回目の優勝は、曙と並んで歴代7位。武蔵丸より上には、双葉山(12回)、輪島(14回)、貴乃花(21回)、北の湖(24回)、千代の富士(31回)、大鵬(32回)と、偉大な名前が並んでいる。

しかし、このところ、相撲は見向きもされなくなったようだ。先の夏場所も国技館は空席が目立った。武蔵丸の優勝を祝福するより、場所の最後になるといつものように集中力を失ったことのほうが話題になった。5月27日付けのジャパン・タイムズの見出しは、「マル、泣きべその千秋楽」だった。

今回の夏場所では、実際に戦った力士より、そこに「いない」1人の男がいちばん注目を集めていた。テレビも新聞も連日、貴乃花の6場所連続休場を残念がった。横綱の連続全休としては、90年に横綱大乃国が4場所連続で休場したのを抜いて、過去ワースト記録を更新している。

98年後半から99年前半に、当時の横綱曙が3場所連続で休場せざるをえなかったときのことを覚えているだろうか。世間は引退だと騒ぎ、元衆議院議員で横綱審議委員だった平井義一も公然と引退を求めた。

5月27日に開かれた横綱審議委員会が貴乃花に引退勧告をしなかったのは、曙の場合と比べて、なんとも対照的だった。すでに、貴乃花は7月の名古屋場所も無理ではないかという噂が流れているが、審議委員会は「激励」しただけだった。

このことは、相撲界の指導者の「絶望」をはっきり物語っている。彼らは相撲の人気低下が深刻なことも、スター不在の影響が小さくないことも、痛感しているのだ。

力士の平均寿命は60歳?

若乃花と貴乃花の黄金時代が始まったころは、あの小さな巨人、舞の海も健在だった。小錦、曙、武蔵丸の外国人力士との対決は話題を呼び、正義の味方対悪役という西部劇のような図式が人気を博した。ハラハラドキドキの戦いに、客席はいつも満員御礼だった。

しかし、いま名前をあげた6人の人気力士のうち、現役で元気に活躍しているのは武蔵丸ただ1人。その彼も、一時は体重231キロと風船のように膨れあがって、いかにもやる気がなさそうなときもあり、土俵上で眠っているのかとさえ思ってしまう。

相撲の将来は、若者が力士になりたいという魅力を感じるかどうかにかかっている。しかし、この古い世界をめざす若者は急激に減っていて、今後も減る一方だろうと心配になる。

相撲の世界に入った若者にどんな未来が待っているか、現実を見てみよう。体が大きくて強くても、着実に成長し、関取としてある程度、長く相撲を取れる確率は10人に1人よりはるかに少ない。関取になって何年か過ごさなければ、何も残らない。幕下力士の給料は月10万円にも満たないのだ。

「住むところと食事の心配はしなくていいんだから」と、思う人もいるだろう。確かにそのとおりだが、それだけのことだ。さまざまなマイナス点は、とても補えない。

力士は大学で(人によっては、すでに高校で)十分な教育を受ける機会がなく、引退後はたいてい、ぼろぼろの肥満体だけが残る。痛風や糖尿病、心臓疾患などに苦しむ人も多いし、銀行口座には何もない。相撲に関する給料の安い仕事に就けなければ、後援者やスポンサーの助けを借りて、ちゃんこ鍋などの料理屋を開くか、バーを始めるぐらいしかない。

私の手元にある相撲の資料のなかに、10年ほど前に日本の大学が発表した研究がある。それによると、力士の平均寿命は当時でおよそ60歳、日本人男性の平均より20年近く短いという。相撲協会は、この研究には問題があるとただちに抗議したが、発表された数字に反論できるだけの、説得力のある資料はいっさい公表しなかった。

相撲界は変化を受け入れられるか

多くの若者に、現在の52ある相撲部屋の門を叩いてもらうためには、相撲は大きな改革をしなければならない。以下は私からの提案である。

  1. 力士には、入門したばかりも含めて、もっと十分な給料を払う。危険を伴う職業だから、それなりの報酬をもらっていいはずだ。
  2. 力士の健康管理をもっと充実させる。彼らはいまだに、痛みを我慢して戦え、怪我をしていても土俵に上がれ、と教えられている。
    昨年5月27日、前日の取り組みで右膝の半月版に大怪我を負った貴乃花は千秋楽の土俵に上がり、本割で敗れた後、優勝決定戦で武蔵丸を下した。あのとき、最後の2回の勝負と引き換えに相撲人生を危険にさらすべきではないと、誰かが貴乃花を止めただろうか。あの最後の取り組みが、貴乃花の膝にどれだけ深刻なダメージを与えたことか。もう二度と戦えなくなっても、あの優勝にそれだけの価値があったのだろうか。
    力士の健康管理については、私が直接、入手した情報によると、基本的に相撲というスポーツと同じくらい古風だ。先日、膝にかなりの重傷を負って回復をめざしている力士と話をしたところ、彼の親方は、毎日お湯に足をつけてたくさん歩けば自然に治ると言ったそうだ。
    親方は、どこでそんな治療法を仕入れたのか。ずっと前に似たような怪我をした別の親方に聞いたところ、「自分のときはそれでよくなった」と言われたという。まったく、迷信と同じくらい怪しげな話ではないか。
  3. すべての力士を対象に、十分な年金制度を確立する。さらに、引退後も医療保険や歯科保険、生命保険などの便宜を図る。
    現在の相撲界は結果第一主義で、高い給料をもらうのは出世した力士だけだ。引退するときの報奨金も、現役時代にどれだけ活躍したかだけを基準に決まる。たとえば15年近く相撲を取った力士でも、幕下どまりなら、まげを切る決心をしたときの退職金は微々たるものにすぎない。
  4. 力士は、スポーツとして戦うのに必要な分だけ体重を増やせばよく、ほとんどの力士のように余分な体重をつけるべきではない。
    最近、イギリスの雑誌で相撲に関する記事を読んだとき、こんな表現があった。「ぜい肉を折りたたんだ2頭の怪獣が土俵の真ん中で激突すると、ジェロー(ゼリー)1000ポンドがバスのフロントガラスに体当たりしたような音がする」。美しい光景ではないが、一部の力士については、かなり正確な描写と言えそうだ。
  5. 現役中も引退後も、力士に教育プログラムを提供してはどうか。そうすれば、何年も相撲だけに専念した生活が終わった後に、相撲や外食産業以外の世界でも働ける人が増えるだろう。
  6. 八百長をめぐる問題にも、相撲協会はもっと真剣に取り組むべきだ。八百長は一掃され、今後も形は問わず許されないことを、社会に納得させるのだ。

ワールドカップがいろいろな意味で成功すれば、日本のサッカーは大いに盛り上がる。サッカーにとって効果のわかりやすい、簡単な解決策のひとつとなるだろう。

しかし、相撲には簡単な答えはない。すぐには解決できないのだ。

変えなければならないこと、改善しなければならないことはたくさんある。変化を喜んで受け入れるなら、相撲は生きのびて発展するだろう。しかし、相撲界はいまだに、頭が柔らかそうには見えない。相撲の未来に賭ける前に、サッカーの明るい未来に賭けたほうがよさそうだ。

記事の紹介に戻る