31日に開幕するワールドカップは、日本のサッカーの発展にとって、大きな起爆剤となるだろう。ただし、大きな後退に結びつく心配もある。
日本代表が素晴らしい試合をして1次リーグを突破すれば、闘志あふれるプレーに新しいサッカーファンが増えて、新しい選手も次々に登場するだろう。そして、ワールドカップのために建設された多くの新しい施設も、それなりに活用されるかもしれない。
一方、もし日本がベルギーとロシアに完敗したら、6月14日の対チュニジア戦で日本の出番が終わった後は、多くの日本人がワールドカップにもサッカーにも興味を失うだろう。その場合、ファンはそれほど増えないし、莫大な費用をかけすぎたアクセスの悪すぎる施設は、きっと見向きもされなくなる。そして、すでに不満を感じている納税者は、税の負担が一気に増えて驚くことになる。
人々はこんなふうに言うだろう──サッカーなんて、世界のレベルを考えたら日本はたいしたことはない。
私は楽観的でありたいし、これから数週間で、最初のシナリオが実現することを祈っている。ワールドカップが日本と日本のサッカーを大いに勢いづけることを、真剣に期待している。
そんなことを思いながら、先の日曜日に終わった大相撲夏場所を振り返り、相撲を盛り上げるために何ができるかと考えてみた──相撲を「救う」ために。
今年の夏場所は、横綱武蔵丸が13勝2敗で優勝した。11回目の優勝は、曙と並んで歴代7位。武蔵丸より上には、双葉山(12回)、輪島(14回)、貴乃花(21回)、北の湖(24回)、千代の富士(31回)、大鵬(32回)と、偉大な名前が並んでいる。
しかし、このところ、相撲は見向きもされなくなったようだ。先の夏場所も国技館は空席が目立った。武蔵丸の優勝を祝福するより、場所の最後になるといつものように集中力を失ったことのほうが話題になった。5月27日付けのジャパン・タイムズの見出しは、「マル、泣きべその千秋楽」だった。
今回の夏場所では、実際に戦った力士より、そこに「いない」1人の男がいちばん注目を集めていた。テレビも新聞も連日、貴乃花の6場所連続休場を残念がった。横綱の連続全休としては、90年に横綱大乃国が4場所連続で休場したのを抜いて、過去ワースト記録を更新している。
98年後半から99年前半に、当時の横綱曙が3場所連続で休場せざるをえなかったときのことを覚えているだろうか。世間は引退だと騒ぎ、元衆議院議員で横綱審議委員だった平井義一も公然と引退を求めた。
5月27日に開かれた横綱審議委員会が貴乃花に引退勧告をしなかったのは、曙の場合と比べて、なんとも対照的だった。すでに、貴乃花は7月の名古屋場所も無理ではないかという噂が流れているが、審議委員会は「激励」しただけだった。
このことは、相撲界の指導者の「絶望」をはっきり物語っている。彼らは相撲の人気低下が深刻なことも、スター不在の影響が小さくないことも、痛感しているのだ。
若乃花と貴乃花の黄金時代が始まったころは、あの小さな巨人、舞の海も健在だった。小錦、曙、武蔵丸の外国人力士との対決は話題を呼び、正義の味方対悪役という西部劇のような図式が人気を博した。ハラハラドキドキの戦いに、客席はいつも満員御礼だった。
しかし、いま名前をあげた6人の人気力士のうち、現役で元気に活躍しているのは武蔵丸ただ1人。その彼も、一時は体重231キロと風船のように膨れあがって、いかにもやる気がなさそうなときもあり、土俵上で眠っているのかとさえ思ってしまう。
相撲の将来は、若者が力士になりたいという魅力を感じるかどうかにかかっている。しかし、この古い世界をめざす若者は急激に減っていて、今後も減る一方だろうと心配になる。
相撲の世界に入った若者にどんな未来が待っているか、現実を見てみよう。体が大きくて強くても、着実に成長し、関取としてある程度、長く相撲を取れる確率は10人に1人よりはるかに少ない。関取になって何年か過ごさなければ、何も残らない。幕下力士の給料は月10万円にも満たないのだ。
「住むところと食事の心配はしなくていいんだから」と、思う人もいるだろう。確かにそのとおりだが、それだけのことだ。さまざまなマイナス点は、とても補えない。
力士は大学で(人によっては、すでに高校で)十分な教育を受ける機会がなく、引退後はたいてい、ぼろぼろの肥満体だけが残る。痛風や糖尿病、心臓疾患などに苦しむ人も多いし、銀行口座には何もない。相撲に関する給料の安い仕事に就けなければ、後援者やスポンサーの助けを借りて、ちゃんこ鍋などの料理屋を開くか、バーを始めるぐらいしかない。
私の手元にある相撲の資料のなかに、10年ほど前に日本の大学が発表した研究がある。それによると、力士の平均寿命は当時でおよそ60歳、日本人男性の平均より20年近く短いという。相撲協会は、この研究には問題があるとただちに抗議したが、発表された数字に反論できるだけの、説得力のある資料はいっさい公表しなかった。
多くの若者に、現在の52ある相撲部屋の門を叩いてもらうためには、相撲は大きな改革をしなければならない。以下は私からの提案である。
ワールドカップがいろいろな意味で成功すれば、日本のサッカーは大いに盛り上がる。サッカーにとって効果のわかりやすい、簡単な解決策のひとつとなるだろう。
しかし、相撲には簡単な答えはない。すぐには解決できないのだ。
変えなければならないこと、改善しなければならないことはたくさんある。変化を喜んで受け入れるなら、相撲は生きのびて発展するだろう。しかし、相撲界はいまだに、頭が柔らかそうには見えない。相撲の未来に賭ける前に、サッカーの明るい未来に賭けたほうがよさそうだ。