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野球ボールと加湿器の不思議な関係(MSNジャーナル:2002年5月16日)

プロ野球の公認球が8種類もあることは、本当に公平と言えるだろうか。「飛ぶボール」「飛ばないボール」を選べることに、なぜ疑問を感じないのだろう。公認球の製造メーカーを1つに絞らないのは、組織や古いつきあいを重んじる日本ならではの「フェアプレー」精神である。

日本には昔から独特の「フェアプレー」精神がある。カルロス・ゴーンが日産自動車の指揮を取ることになったとき、まず手をつけたむずかしい仕事は、下請け企業の数を大幅に減らすことだった。日産の旧経営陣は、長いあいだに築かれた下請けとの関係を維持しようとした。どんなに小さくて効率が悪くても、関係を守ることが大切だった。

しかしゴーンは、ただちに無駄な下請けを切ろうとした。どんなに痛みを伴うことでも、日産を救うために必要なら何でもする覚悟だった。

日本人は、古い友だちと縁を切るのは「フェアではない」と思った。ゴーンは、会社が倒産の危機に瀕している大きな原因である下請けとの関係を維持するのは、日産にとって「フェアではない」と思った。

組織を大切にする日本では、フェアプレーの名のもとに、非現実的なことをする場合も少なくない。はたから見れば、たんに愚かとしか思えないときさえある。

プロ野球で使われているボールが、まさにいい例だ。

特定のボールを「選ぶ」のはフェアでない

日本のプロ野球の初期は、とくに第2次世界大戦中と終戦直後は、野球ボールはなかなか手に入らなかった。資源も労働力も、社会にとって緊急に必要な物資に回さなければならず、1つの業者がすべてのチームに野球ボールを供給するのはとても無理だった。長年のあいだ、公認球を複数の業者が製造しなければ間に合わなかったのだ。

アメリカでも野球の歴史の初期には、ボール製造業者がたくさんいた。あれだけ広い国だから、一時は100社以上もあった。

当時は基本条件さえ満たしていれば、誰でもボールを製造することができた。外周9〜9インチ1/4(22.9〜23.5センチ)、直径3インチ(7.6センチ)、重さ5〜5オンス1/4(141.7〜148.8グラム)。コルク芯(のちにゴム芯も認められるようになった)に羊毛の糸を巻きつけたものを、白色の馬皮(1975年からは牛皮)2枚でくるみ、手縫いで216針縫い合わせる(本当に数えた人がいるのだろうか?)。

ほとんどの製造業者はこの条件を厳密に守ろうとしたが、素材や作る人などさまざまな要素が違う。したがって基本条件を満たしていても、ボールの性能にはかなりばらつきがあった。「生き生きと」弾んで場外へ飛びやすいボールもあれば、どんなに力いっぱい打っても球場から出ない「死んでいる」ボールもあった。

メジャーリーグのボール製造業者の数は、年々減っていった。それでも1970年代半ばに、メジャーリーグの幹部は、全球団のボールを1社だけが製造するのが選手にとってもファンにとっても本当に「フェア」だと考えた。そうすれば、少なくとも1年の中で、記録をフェアに比較できる。

そこで、1976年にメジャーリーグのすべてのボールを製造する契約の入札が行なわれ、1977年にローリングス社が10年契約を獲得。その後も2回続けて10年契約を更新している。

ここ何年か、メジャーではボールの弾力性がありすぎて飛びすぎるという批判も多く、がんがんスタンドに飛び込んでいる。しかし、いくら飛びすぎても、少なくとも全球団が同じボールを使っている。公認球は1種類しかないから、球団は自分たちに有利なように特定のボールを選ぶことはできない。

「メロンを打っているようなもの」

しかし、日本では事情が異なる。みんなに──昔からの友だち全員に──フェアであろうとする古い考え方が、いまだに残っているからだ。

現在、日本のプロ野球では8社がコミッショナー公認球を製造している。アシックス、久保田運道具店、サンアップ、ゼットクリエイト、那須スポーツ、松勘工業、ミズノ、一光の8社である。

私は1987年に最初の著書『日本の野球、一刀両断』を書いたときにも公認球について調べたが、当時は9社が製造していた。つまり、メーカーの入れ代わりはあったが、この15年で状況はほとんど変わっていない。

『日本の野球、一刀両断』に「フェアプレーか、アンフェアプレーか?」というテーマの章を入れるきっかけになったのは、1986年8月6日のある出来事だった。その日、西武ライオンズは1イニングに6本のホームランを打つという世界記録を達成した。舞台は藤井寺球場。当時の近鉄バファローズの本拠地で、「ラビットボール(飛ぶボール)」が使われていることで知られていた。

8回表、バファローズに7−2でリードされていたライオンズは6本のホームランで7点を返し、9−7と逆転した。しかし8回裏にバファローズが9−9に追いつき、これも日本でしかありえないことだが、パ・リーグの最長試合時間の規定に基づき4時間戦ったあげく引き分けに終わった。

この少し前に、藤井寺球場から数キロしか離れていない大阪球場で、クリス・ナイマン(南海ホークス)が面白い話を聞かせてくれた。大阪球場ではホーム、ビジターにかかわらず、流し打ちのホームラン(左打者のレフト側、右打者のライト側)は85年の開幕からオールスター戦まで1本も出なかったという──ホークスが打たせたくないと思ったからだ。

ナイマンによると、球団は打撃より投手力のほうが安定していると考え、公認球のなかでいちばん飛ばないボールを使っていた。しかも、ボールを加湿器のある部屋に保管していたという。「うちのボールを打つと、水がにじみ出てくる感じがする。メロンを打っているようなものだ」

カルロス・ゴーンをコミッショナーに?

1980年代半ばの「メロンボール」を思い出したのは、先週、コロラド州デンバーである事実が発覚したからだ。コロラド・ロッキーズが、ローリングス社が納入した公認球を保管するクアーズ・スタジアムの部屋に、葉巻でも置いているのか加湿器を設置したのだ。

ロッキーズ側は、「ボールを理想的な状態で保管するため」と主張。「ボールが届いたときと同じ条件で保管している」という。

デンバーは高度が高くて空気が薄いため、ボールが乾燥して縮み、固くなることは、これまでも問題になっていた。ある研究では、ほかの都市で同じボールを使う場合に比べて最高で9%「飛ぶ」とも言われ、ピッチャーはボールが乾燥しすぎて滑りやすく、しっかり握れないと訴えている。

現在、メジャーのコミッショナー事務局がロッキーズの加湿器について調査しており、使用が禁止される可能性もある。

しかし、ロッキーズのアシスタントGMのジョシュ・ブラインズは、問題はないと語っている。「何か競争的優位をたくらんでいるわけではない。ただ、ほかの球場と同じ性能のボールを提供しようというだけだ」

ロッキーズの意図は正しいかもしれないが、それが認められるかどうかは、まだわからない。メジャーリーグは、すべての球団と選手ができるだけ同じ条件のボールを使い、すべての人がフェアに記録を競い合えることをめざしているのだ。

一方、日本では、そもそも8つの異なるボールから選べるのに、リーグや球場によって記録をフェアに比較できるのだろうか。一部の球団では、いまも加湿器や除湿器を使っているという噂さえある。

日本のプロ野球が全12球団のプレー条件をより平等にするためには、外国人のコミッショナーが必要かもしれない。ゴーン氏を迎えてはどうだろう?

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