4月4日、私は「ミスター」との対面がかなった。あのミスター・ジャイアンツ、ミスター・ベースボールこと長嶋茂雄である。NHKのテレビ番組で、長嶋の野球人生と、日本の球界の現状と展望を特集することになり、私も出演したのだ。宣伝になって申し訳ないが、4月29日午前11時~午後1時にNHK衛星第1(BS7)で放映されるので、時間があればぜひ見てほしい。
日本のスポーツ界でおそらく最も影響力の強い人物と同席できることは、とても光栄だった。私はミスターに、野球をいい方向に変えるためにできることは、何でもしてほしいと訴えた。もっとも、NHKがどのように番組を編集するかはわからない(私の発言の大半は、編集室の床に捨てられるのだろう)。私は長嶋に、12球団全体が大きく前進するために3つの改革を提案した。すぐに効果が出て、ほぼ確実に前進できる改革である。
私の提案はいずれも、12球団が協力して、日本の野球の発展のためにあらゆる努力をするという発想に基づいている。各球団は自分さえよければいいという考えを捨てて、球界全体にとって理想的なことをしなければならない。
日本には「団体主義」という根強い文化があるのだから、球界全体のことを考えるのは、ごく当たり前に思える。でも、実際はむしろ反対で、関係者も球団も自分のことしか考えていない。
私が日本の球界に提案する3つの改革は、次のとおりである。
メジャーリーグの経営基盤が比較的しっかりしているのは、全米ネットの放映権料とマーケティングの収益を、全30球団で公平に分配しているからだ。
ただし、地方のテレビやラジオの放映権料については、メジャーリーグも深刻な問題をかかえている。地方局の放映権料はリーグ全体で分配されないため、市場の大きさによってかなり差があるのだ。たとえば、ヤンキースは地元ニューヨークのテレビとラジオの放映権料だけで、年間1億ドル(約130億円)以上の収入がある。それに対し、ロイヤルズの地元カンザスシティー(ミズーリ州)は市場が小さく、年間500万ドル(約6億5000万円)に達すればいいほうだろう。都市によってこれほど差があるのは、健全ではない。メジャーリーグは何らかの解決策を考えなければならない。
一方、日本の球界では、収益を公平に分配するケースはないに等しい。基本的に各球団が独自に放映権などの契約を結び、自分たちの懐に入るものは何でも最大限にもらおうとする。そして言うまでもなく、読売ジャイアンツが、不公平なほど大きな分け前を手にしている。
これは実に簡単なことで、その気になれば、今すぐ実行できる。メジャーでは、交流試合はごく当たり前に行なわれるようになった。日本でも選手は交流試合をやりたいと言っているし、ファンもマスコミも期待している。現状を守りたいのは、セ・リーグのごく一部の利己的なオーナーだけだ(1人のオーナーだけ、と言えるかもしれない)。
1966年にドラフトが始まった当初は、完全ウエーバー制だった。前シーズンの順位に基づき、最下位のチームから指名していく。今こそ、この方法に戻るべきだ。いわゆる逆指名は、どんなかたちでも認める必要はない。完全ウエーバー制は公平なシステムで、有能な選手を12球団で均等に振り分けることができるだろう。
以上の3つはプロ野球界に限った提案だが、もっと広い範囲で、もう1つ大切な提案をしたい。それは、日本のアマチュアとプロのあいだに立ちはだかる、意味のない壁を完全に取り払うことだ。
野球は1つの家族である。だから、リトルリーグからプロまであらゆるレベルで、しっかり手を携えなければならない。指導者の交流を深め、審判などさまざまな分野で協力することが不可欠なのだ。たとえば、審判学校を設立して、野球のレベルを問わず「ふさわしい」審判を養成することは、そんなにむずかしいだろうか。
日本の球界は、これら3つか4つの改革を実行するだけで、間違いなく健全になる。プロもアマチュアも、今後の発展を約束されるだろう。
しかし日本の球界の指導者は、これらの抜本的な改革を実行に移せるだろうか。自分勝手な利益だけを考えるのではなく、全体の利益を優先させることができるだろうか。残念ながら、私は疑問も感じてしまう。そのいい例が、日本ハムファイターズが2004年から札幌に本拠地を移転するという構想をめぐる、一連の騒動だ。
日本ハムの札幌移転構想については、すでにニュースで知っているだろう。一方、西武ライオンズは新しい札幌ドームで年間約20の主催試合を予定し、将来は札幌を準本拠地にしたいという。したがって、ファイターズが正式に札幌を本拠地とすることに賛成ではない。それはあまりに自分勝手ではないだろうか。まるで子どものわがままではないか。
ライオンズは誰のためを考えているのか。球界の発展か、それとも自分たちのことだけだろうか。
1987年にシカゴ・トリビューンの有名なコラムニストが日本に来て、「ハム・ファイターズ」について取材した。
日本の球団は「親会社」のもので、その宣伝道具になっていることは、北米ではほとんど知られていない。だから、日本の球団名をどこで区切ればいいのか、わからないときがある。日本ハムという企業名を聞いたことがない人は、日本の「ハム・ファイターズ」だと思いがちだろう。
グリーンは1987年のコラムで次のように書いている。
「日本へ行くまで、私はいろいろなパターンを想像していた。たとえば、ハムのように胸板の厚い男たちを相手に肉弾戦を繰り広げる野球チーム。ハムを武器に戦う野球チームというのはどうだろう。乱闘になったら、ハムを振り回して敵を倒すとか」
カルチャーギャップから生まれたユーモアはさておき、グリーンは日本の街頭でファイターズについてインタビューした。コラムにはこんな発言が紹介されている。
「ほとんど注目されていないチームだ」と、ニシカワキヨシ(35)は言った。「スタンドの観客より、選手の人数のほうが多いときもある」
シバヤマミキオ(39)というファンはこんなふうに言った。「いいピッチャーが1人もいない。打撃もさっぱり。スターがいないんだ。スラッガーもリリーフもいない」
もちろん、このコラムは客観的なファイターズ論とは程遠いだろう。英語の文法として間違っているとは言わないが、かなり奇妙な球団名を、からかっているだけだ。
しかし、インタビューに答えた日本人の言葉は、日本の球界の健全性を考えると、決して笑える話ではない。
ファイターズが東京ドームを本拠地にしながら、ジャイアンツの影で存在感が薄いという図式は、以前から懸案だった。東京ドームのジャイアンツ戦はほとんど満員で、立ち見もいっぱいだが、ファイターズ戦は4分の3かそれ以上は空席のように見える。
東京ドームでファイターズ戦を見た後、新聞に発表された観客動員数を確認するたびに、思わず笑ってしまう。たいてい、私が概算した人数の2倍になっているのだ。まあ、私はあまり目がよくないのかもしれない……。それはともかく、ファイターズ戦のチケットが東京でプラチナチケットになったことは一度もないし、今後もないだろう。
話を戻すと、ファイターズが札幌に移転するという構想は、ここ数年で最も素晴らしい改革案の1つである。日本最大の人気球団の影に隠れることなく、胸を張って「本拠地」と呼べる場所を選んでもいいではないか。北海道のファンが、入れ代わり立ち代りやって来る球団を迎えるだけでなく、「自分たちの」球団を持ってもいいではないか。九州にダイエーホークスが根付きつつあるように、北海道に密着したフランチャイズが誕生していいではないか。ファイターズが札幌に移転するのは、こんなに意味のあることなのだ!
それなのに、ライオンズはなぜ反発するのか。彼らはどうしたいのか。日本の球界で「指導者」とされる人々は、いつになったら目を覚まして、球界のために正しい決断をするのだろう。日本の野球はきっと健全な姿に戻れる。そのためには……。