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色あせたメダル(MSNジャーナル:2002年2月27日)

先ごろ閉幕したソルトレークシティー冬季オリンピックは、オリンピックの現実を見せつけた。招致のときからスキャンダルに揺れた大会は、判定をめぐる抗議やドーピング、冷戦時代を思わせるボイコット発言など、心の痛む問題に振り回された。「お金でメダルを買う」とも揶揄される近年のオリンピックでは、金メダルの輝きも空しく見える。

ソルトレークシティー冬季オリンピックについて書くのは、今回が最後になるだろう。正直、ほっとしている。このところオリンピックのことばかり書いていて、いささか疲れていた。精神的に参っているのだ。

今回のオリンピックでいちばんよかったのは、2月8日の開会式と24日の閉会式のセレモニーだろう。確かに長すぎて間延びしたところもあり、とくに開会式では退屈な場面もあったが、派手で甘ったるい演出が好きな人はきっと楽しめたはずだ。ブロードウェイとラスベガスとハリウッドを混ぜ合わせた、一大スペクタクルだった。

「光の子ども」は、何とも純粋で無邪気だった。スケートをはいたアメリカ人の少年が、かわいらしいイタリア人の少女のもとへ滑り、カンテラを手渡す。2006年冬のトリノ大会へ、光のリレーだ。この演技を審判団が採点しなかったことに、感謝すべきだろう。

ソルトレークシティー大会は、現代のオリンピックの姿を単純明快に写し出した。そして、心からスポーツを愛する人にとっては、実に後味の悪いものとなった。

1924年にフランスのシャモニーで開催された第1回冬季オリンピックには、わずか16カ国から、294人のアマチュア選手が出場した。もちろん、テレビ中継などはなく、選手はスポーツを愛する心を競い合った。祖国の期待が肩に重くのしかかることもない。過剰なプレッシャーもない。そして、メダルを獲得した選手は、自分がそのスポーツで世界の頂点に立ったことを満足できれば十分だった。

メダルが莫大な金につながることもなかった。オリンピックから帰国しても大々的に歓迎されるわけではなく、ひっそりと自分の仕事に戻った。多くの選手にとって、シャモニーでの数日間は、スポーツを楽しむ休暇にすぎなかった。

招致合戦が買収スキャンダルに

時代は変わった。19回目を迎えたソルトレークシティー大会には史上最多の78カ国・地域から2500人の選手が出場し、その大半は(かたちはどうあれ)プロのアスリートである。彼らは戦うために集まったのであり、休暇などという発想はない。オリンピックはあらゆる意味で巨大化した──とくに金の面では。

オリンピックを招致するだけで巨額の金がかかることは、記憶に新しいだろう。長野は、IOC(国際オリンピック委員会)の委員に投票してもらおうと湯水のように「賄賂」を払ったあげく、大会後に疑惑が浮上すると、帳簿は「通常の会計手続き」の一環として焼却処分したと都合のいい言い訳をした。

ソルトレークシティーの招致関係者は、帳簿ではなく大量の紙幣を燃やした。IOC委員にいたれりつくせりの接待をして、直接、現金を払った例もあった。この買収スキャンダルで数人のIOC委員が追放され、ソルトレークシティー五輪組織委員会も数人を解雇したが、彼らは不運な見せしめにすぎない。

招致を勝ち取ったソルトレークシティーは、準備のために史上最高額と言われる20億ドル(約2600億円)を投じた。地元にはすでに施設が充実していたが、着々と新しいインフラが整備された。

さらに、昨年9月11日の同時多発テロ事件を受けて、警備費用は5億ドル(約650億円)近くに膨れあがった。動員された警察・軍関係者は1万5000人以上。オリンピック参加国の中には、全国の警官と兵士をかき集めても、その人数に届かない国もあるに違いない。

将来、オリンピックを開催するために、25億ドル(約3250億円)以上の金を出せる国がどれだけあるだろう。オリンピック関係者は、世界のすべての大陸でオリンピックを開きたいと語っているが、これだけ高い値札がついてしまうと、果たしてアフリカや南米にできるだろうか。その可能性はどんどん小さくなっているようだ。

勝つためなら金は惜しまない

オリンピックを開くだけでなく、オリンピックで勝つことにも金がかかる時代だ。今大会の獲得メダル数の上位国──ドイツ(35個)、アメリカ(34個)、ノルウェー(23個)、ロシア(17個)、オーストリア(16個)、カナダ(15個)──を詳しく調べてみれば、栄光を手にするために喜んで金を払ってきたことがわかるだろう。金銭的支援は、政府や学校、会社、個人からなど、さまざまなかたちで出ている。

今回、アメリカのメダル獲得数は飛躍的に伸びた。過去の冬季大会では13個が最高だったが、ソルトレークシティーでは34個(金10個、銀13個、銅11個)。この成績はホームのアドバンテージという以上に、新しい成功と考えられるだろう。

前回の長野大会の後、米オリンピック委員会(USOC)は、自国で開催するソルトレークシティー大会で金メダルを獲得するために、あらゆる努力を惜しまないと決意した。有力なオリンピック候補選手の基本的な練習費用をすべて負担するのはもちろん、選手に支払う特別手当も倍増され、その資金は2000万ドルから4000万ドル(約52億円)に増額された。

女子アイスホッケー代表がスポーツ心理学者が必要だと言えば、USOCはすぐに金を出した。スピードスケート界が高価な心臓モニターを欲しいと思えば、請求書を回せばよかった。カーリングの有力選手が海外の大会に遠征したければ、ぜひ行きなさいと快諾する。空港の手続きでストーンが20キロの重量制限をいくら超えても、超過料金を気にする必要などなかった。

金メダルについてくるカネ、カネ、カネ

IOCのジャック・ロゲ会長は閉会宣言で、アメリカとユタ州、そしてソルトレークシティーに感謝を述べ、「素晴らしい大会によって、世界の人々が平和に共存できることをあらためて示してくれた」と語った。

平和にだって? いったいロゲ会長はどの試合を観戦したのだろう。大会中は毎日のように、審判への抗議やスポーツ仲裁裁判所への提訴があり、ボイコットや民事訴訟をちらつかせる発言を聞かされ、多くの涙を……いろいろな涙を見せられた。ソルトレークシティー大会は、競技ではなく議論の戦いに明け暮れた。興奮させられるパフォーマンスがその影に隠れてしまったのは、実に恥ずべきことだ。

近年のオリンピックに出場する選手は、審判の判定にかなり敏感に反応する。それは、メダルの色に国の威信がかかっているからだけでなく、多額の金も絡んでくるからだ。国によってはメダリストにかなりの報奨金をはずむ。それ以上に、一部のスポーツでは、金メダルに夢のようなスポンサー契約がついてくるのだ。

フィギュアスケートのサラ・ヒューズ(アメリカ)の代理人は、16歳の銀盤の女王が誕生したすぐ後に、彼女の金メダルは今後数年間、毎年500〜1000万ドル(約6億5000万〜13億円)をもたらすと語った。少なくとも、トリノで次の若いスターが現れるまではそうだろう。

大きな栄光と、たいていは多くの金がかかっているのだから、一部の選手は、少しでも優位に立てるなら薬物を使うこともいとわない。とくにIOCの抜き打ち検査でも検出されにくい薬物となれば、誘惑に駆られるだろう。

ソルトレークシティー大会はドーピング問題に揺れたが、実際に検査で引っかかった選手は少ない。ただし、それは薬物を使用する選手が減ったからではない。多くの国や選手が金を惜しまずに最高のメディカルケアを受けたから、つまり、現在の検査ではほぼ識別できない薬物を使ったからだ。

「オリンピックの正体が見えた」

大会が幕を下ろす前から、ワシントン・タイムズ紙のトム・ノットは、もうオリンピックには飽き飽きしたと語っていた。少しでも常識がある人を「侮辱」しているというのだ。「オリンピックの正体が見えた。堕落したIOC、堕落した審判、堕落した選手は、ほとんどの場面で、手を取り合おうとしなかった」

厳しい言葉だが、多くの真実も含まれている。

IOCは真剣に襟を正さなければならない。うわべだけの派手な演出では、もはや膿(うみ)を隠し切れないのだ。オリンピックは大きくなりすぎて、金がかかりすぎて、政治に振り回されすぎて、腐敗しすぎて、薬物に汚染されすぎている。

私はアメリカ人として、ソルトレークシティー大会で「私たちが」獲得したメダルを少しは自慢したいところだ。でも、どうしてもそんな気分になれない。

いつのまにかオリンピックのメダルは色あせてしまった。再び輝きを取り戻す日が来るのだろうか。悲しいけれど、私には確信できない。

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