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スキージャンプの世界で日本はいじめられているのか?(MSNジャーナル:2002年1月23日)

長野オリンピックを最後に、日本のスキージャンプ陣は低迷している。そこで必ず持ち上がるのが、スキー板の長さに関するルール変更は「日本つぶし」であるという議論だ。しかし、変更の経緯を冷静に考えてみると……。

「白人競技の中でやらないといけないんで、やっぱりそういうものには従っていかないといけないんですけれども」

これはジャンプの船木和喜の言葉だ。長野冬季オリンピックで2個の金メダル(ラージヒル:K点120メートル、個人・団体)を獲得した船木は、日本のジャンプ陣が最近の国際大会でなかなか優勝できないことについて、こんな言い訳をした。現在、船木はW杯総合11位である。

このように人種意識をむき出しにした発言を聞くと、日本以外の社会ではどんなふうに受け止められるだろうと思わずにいられない。

アメリカで白人のスプリンターが、短距離走は黒人のスポーツだから自分は勝てないのだと言えば、全米から非難を浴びるだろう。イギリス人が長距離走はアフリカ系黒人が圧倒的に優位な競技だから勝てなかったと言えば、ヨーロッパじゅうの笑いものになるはずだ。

船木が言っているのは、長野オリンピックの後、1998〜99年シーズンからスキー板の長さに関する規定が変更されたことだ。日本では、このルール変更は背の高いジャンパーに有利だと思っている人が多い。しかし、それを人種問題に結びつけるのはあまりに短絡的で、最近の成績不振の言い訳にするのは悲しすぎるだろう。

用具と技術の向上で飛距離が大幅にアップ

問題のルール変更について説明しておくと、1994年から98年までは、ジャンパーの身長より最大で80センチ長いスキー板を使うことができた。それが身長の最大146%(最長で270センチ)までと変わったのだ。多くの日本人はこれを、ジャンプ競技で日本人選手ばかりが勝つことを阻止しようとする差別的な変更だと主張する。

たとえば、身長165センチのジャンパーは最長で245センチのスキーを使えたが、現行ルールでは241センチまで(つまりマイナス4センチ)となる。一方、身長180センチのジャンパーは260センチ以下のスキーしか認められなかったが、ルール変更後は最長263センチ(つまりプラス3センチ)となる。

スキーのジャンプ競技では、浮力を最大限にしようとする。浮力が大きいほど飛行時間が長くなり、距離も伸びるからだ。

いわゆるV字ジャンプが広まったのも、同じ理由である。V字ジャンプは偶然から生まれた。1989年シーズンに、あるスウェーデン選手が飛行中に足を無意識に開いたところ、普段より飛距離が伸びたのだ。すぐに、どの選手もV字ジャンプをするようになった。

足をV字に開き、より長いスキー板をはけば、表面積が広くなって浮力が大きくなり、したがって飛距離が伸びる。しかし、ジャンパーが遠くへ飛べば飛ぶほど、安全が大きな問題となった。

1879年にノルウェーのオスロで世界初の大規模なジャンプ競技大会が開かれたとき、優勝者はどのくらい飛んだのか。なんと66フィート(約20メートル)だった。時代とともにジャンパーは確実に強く、大胆になった。競技に使われる斜面も高くなり、おそらく最も重要なのは、スキー用具とジャンプの技術が飛躍的に向上したことだ。

現在、スキージャンプの最長記録は686フィート(約210メートル)とされている。これは、オリンピックの正式種目ではない「スキーフライング」と呼ばれる競技の記録で、平均飛距離はほぼ200メートルだという。人間がサッカーやラグビーのフィールドの2倍近い距離を飛ぶのだ。考えただけで背筋が寒くなる。

「すべての」ジャンパーの飛距離を制限する

1990年代の初めから、オリンピック関係者はジャンプの飛距離がどんどん伸びることをひじょうに懸念していた。そして94年のリレハンメル・オリンピックの後に、飛距離を制限することも視野に入れたうえで、最初のルール変更が発表された。

主な変更点は以下の3つだった。

  1. スキーの長さは身長プラス80センチ以下とする。
  2. ウエアの厚さは最大12ミリから、8ミリ以下に制限する。これにより、浮力は約30%減る(分厚いウエアほど多くの空気を「とらえる」ので表面積が増える)。
  3. ビンディングはスキーの全長の57%より後ろに取り付けないこと。

これらの変更は「すべての」ジャンパーの飛距離を制限することにつながる、つまり「すべての」競技者の安全を考慮したものだということは、リレハンメル大会の後に開かれた会議に出席した全員が納得していた。日本の代表者もこれに同意したし、新ルールが日本人選手にとって不利だという抗議はなかった。

続く98年の長野オリンピックの後、飛距離と安全の問題が再び持ち上がった。そして、身長プラス80センチという計算より、身長の146%とするほうが公平だという提案がなされた。

背が高いと体が重くなる

身長の割合でスキーの長さを決めれば、背の高いジャンパーほど有利だと思えるかもしれないが、実はほかの条件を相殺することにもなる──新ルールにはそんな視点も含まれているだろう。

というのも、背が高いほど一般に体重は重く、スキージャンプでは体が重いほど不利だと考えられているからだ。私がインターネットで見つけたコラムによると、「体重が5キロ多いと飛距離で10メートル損をする」という(http://www.geocities.com/johannarantanen/jumpnews.htm)。

98年のルール変更の会議には、国際スキー連盟(FIS)の副会長を務める伊藤義郎も出席していた。伊藤は、「日本もオーケーだ」と変更に同意した。したがって、新ルールをめぐる最近の騒動は、現役選手の発言も含めて、いささかルール違反にも思える。

私は物理学者ではないが、背の高いヨーロッパの選手がつねに体重を減らそうと食事制限に苦しみ、健康を害する人もいることは、広く問題になっているとおりだ。

上記のインターネットの記事に、かつては世界一のジャンパーとも言われたスべン・ハンナバルト(ドイツ)が、99年のサマーグランプリで優勝した数カ月後の写真が掲載されている。やせこけた、ほとんど病人のような姿だ。

この筆者(ただし専門家ではない)の説明に従えば、背の高いジャンパーは長いスキーを使えるという点では有利だが、体重が重いという点では不利になる。一方、日本人選手のように──日本人選手だけとは限らないが──背の低いジャンパーは体重が軽いから有利だが、スキーの長さでは不利になる。

「これでプラスマイナスゼロにならないだろうか?」と、私はIOC(国際オリンピック委員会)委員である猪谷千春に尋ねた。

「そうなるだろう」と、猪谷は言った。「このルールは、日本人ジャンパーを妨害するために制定されたのではないはずだ」

日本はルール変更に抗議しなかった

来るソルトレーク・オリンピックは19回目の冬季大会となる。1924年にフランスのシャモニーで開催された第1回から長野大会の第18回までで、日本が獲得したメダルは通算29個、金メダルはわずか8個。しかも、金メダル8個のうち5個と通算29個のうち12個は、ジャンプ競技と、ジャンプの成績が鍵を握るノルディック複合である。そう考えると、日本の誇りでもある競技について保守的になるのも無理はない。

しかし、「日本人選手の活躍を阻む」陰謀があるとは信じがたい。JOC(日本オリンピック委員会)のある委員は、匿名を条件に次のように語った。

「これは日本の『被害者意識』のひとつだ。日本には、ルール変更までは好成績を収めていた優秀なジャンパーがいたが、世界はそれほど敵視していたわけではない。そして、すべてのジャンパーにとって最善のこととして、ルール変更が行なわれた」

「新ルールが本当に日本人選手にとって不公平だと思うなら、すぐにはっきりと抗議するべきだったが、日本は何も言わなかった。現在のルールが日本のジャンパーにとって不利だとしたら、私はそうは思わないけれど、もしそうなら、それは私たち日本の代表者の責任だ。いっさい反論しなかったのだから」

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