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日本野球の不思議な呪文──「走り込みが足りない」「リード」(MSNジャーナル:2001年11月7日)

今年のワールドシリーズは「シルバー世代」が大活躍した。日本では引退していてもおかしくない年齢のベテラン選手たちが、メジャーリーグの第一線で活躍できる理由は……「走り込み」ではない!

1956年、稲尾和久という19歳のルーキーが日本のプロ野球界を驚愕させた。西鉄ライオンズの投手として21勝6敗、防御率は現在もパ・リーグ記録の1.06。文句なしに新人賞を獲得した。

この年の日本シリーズは、西鉄ライオンズが前年日本一の読売ジャイアンツを4勝2敗で下して優勝した。稲尾は全6試合に登板し、3勝をあげた。1956年から63年まで毎年平均345イニングに登板、29勝、防御率1.82というアベレージを残している。そのうち1961年は78試合に登板して42勝14敗だった。この初期の稲尾には、まさに「鉄人」の称号がふさわしかった。

しかし1964年、鋼鉄に突然、裂け目が走ってばらばらに壊れた。稲尾の腕は使いすぎでぼろぼろになり、27歳にして選手生命は終わったも同然だった。64年は1勝もできず0勝2敗、防御率は10.64と惨憺たる成績だった。

引退までの6年間は毎年平均139イニングしか登板せず、勝ち星も平均7勝。そして、1969年のさびしいシーズン(1勝7敗)を終え、稲尾は32歳でユニフォームを脱いだ。

もうすぐ40歳の20勝投手たち

先日幕を閉じたメジャーリーグのワールドシリーズにも、今シーズン21勝6敗という見事な成績をおさめた投手がいた(1956年の稲尾の1年目と同じ成績だ)。ただし、この投手──ランディ・ジョンソン──は、稲尾がルーキーだったときより20歳近く年上である。

9月10日で38歳になったランディ・ジョンソンはワールドシリーズでも素晴らしい投球をして、同じアリゾナ・ダイヤモンドバックスのカート・シリング投手(34)とともに大活躍だった。メジャーの選手は、適切な練習をし、注意して起用されれば、日本の選手よりはるかに長くプレーできるのだ。私はあらためてそのことに気がついた。

11月4日にアリゾナ州フェニックスで戦われたワールドシリーズ最終戦は目の離せない展開となり、38歳のジョンソンと、ニューヨーク・ヤンキースの39歳のロジャー・クレメンスがどちらも譲らぬ好投を見せた。2人のエースが投げる球はマシュマロではない。約155〜160キロの弾丸だ。ヤンキースの最年長投手クレメンスも、今年は20勝投手(20勝3敗)となっている。

ダイヤモンドバックスの「おじいちゃん」投手は、最終戦にこそ登板しなかったが、シリーズのマウンドに上がっている。42歳のマイク・モーガンだ。メジャー20年目のベテランで、12チームという記録的な数の球団を渡り歩いている。

そう、今年のワールドシリーズを代表するのは、シルバー世代と準シルバー世代なのだ。第7戦の9回裏、2対1でヤンキースがリードという場面で、救援投手としてプレーオフ史上、群を抜いた成績を誇るヤンキースの守護神、マリアノ・リベラが登場した。迎える打者はダイヤモンドバックスの1塁手、マーク・グレース。グレースは37歳だが、今もしっかり打っている。彼はヒットで出塁し、代走のランナーが同点のホームを踏むことになった。

ほとんどの人が知っているように、リベラの2つの失敗(送りバントの2塁悪送球と死球)が、彼とヤンキースを叩きのめすきっかけとなった。しかし忘れてならないのは、同点打と決勝打を放ったのが、32歳のトニー・ウォマックと34歳のルイス・ゴンザレスだったことだ。若ぞうの出番はない。

若くして燃え尽きる日本人選手

それにしても、なぜ……本当にどうして、彼らベテランはプレーを続けることができ、しかも活躍しているのだろう。日本の選手ならほとんどが、引退するか、少なくとも片足はグラウンドの外に出かかっている年齢で。

日本人にその答えを聞けば、私が日本で飽きるほど聞かされ、耳にしただけで気分が悪くなるフレーズが返ってくるに違いない。1日に100回は聞いたと思うときもある。「走り込みが足りない」だ。

日本のコーチには、ランニングがあらゆる問題の万能薬で、どの選手もランニングが足りないと思っている人が多いようだ。ピッチャーが勝てなければ、もちろん「走り込みが足りない」から。バッターが打てなければ、やはり「走り込みが足りない」から。痔に悩む選手や、髪のふけが多いことも、コーチや解説者はランニングをしないからだと言うだろう……そう思いたくなってくる。

多くのコーチが、ランニングの「量」が大切だという時代遅れの発想をいまだに信じているので、選手は走りすぎてぼろぼろになる。あんなに走って、投げて、練習ばかりしていれば(ただし科学的な理論にもとづくトレーニングではない)、燃え尽きてしまうだけだ。残念ながら、彼らは若くして燃え尽きる。

決して誤解しないでほしい。メジャーの練習もかなり厳しい。39歳のクレメンスの練習メニューは、20歳年下の若い選手たちがついていけないことで有名だ。しかし誰も、誰ひとりとして、クレメンスの投球内容が悪いときに、「走り込みが足りない」からだと言ったことはない。

メジャーの実況アナウンサーが、成績が振るわない原因をランニングが足りないからだと指摘するのを聞いたことがこれまでにあるだろうか。私には思い出せない。

ごくたまに、「ヒデキ・"太ったヒキガエル"・イラブは最近、太りすぎだから、もっと練習をして食事を減らすべきだ」と言うことはあるかもしれない。しかし、それを「走り込みが足りない」「投げ込みが足りない」などと単純に片づけることはない。

ピッチャーが代わるとキャッチャーも代わる?

この秋、メジャーのプレーオフと、日本のプロ野球のシーズン最後の数週間と日本シリーズを見ていて、私はもう1つ、日本人に忘れてほしい言葉に気づいた。これも繰り返し使われ、大げさに騒がれすぎている──キャッチャーの「リード」という言葉だ。

メジャーのワールドシリーズか2001年のシーズン中の試合を録画したビデオがあれば、再生してみよう(もちろん英語の解説で)。キャッチャーの素晴らしい「リード」に一言でも触れているだろうか。まず見つからないだろう。

日本ではしばしば、キャッチャーがピッチャーと同じくらい称賛される(ヤクルトの古田敦也のように、ピッチャー以上にほめられることは少ないとしても)。

これも誤解しないでほしい。投手にサインを出してゲームを組み立て、流れをつかむのはキャッチャーの役割で、その重要性はメジャーでも認められている。しかし、その功績は静かに称えられるのだ。キャッチャーは間違いなくとても大切だが、集団を重んじる日本の文化が何らかの理由で思っているほど大切ではないだろう。

日本では「リードしている」相手が交代しただけの理由で、キャッチャーも試合途中に代わることは珍しくない。興味のある人は、過去のメジャーの試合を調べてみるといい。キャッチャーが怪我もしていないのに守備の都合だけで試合中に交代し、ベンチに下がらなければならなかったケースがあるだろうか。ないはずだ。

38歳の稲尾の活躍を見たかった

今年のワールドシリーズは、シルバー世代のジョンソンと、もうすぐシルバー世代のシリングがシリーズMVPを分け合った。主に彼らのキャッチャーを務めたダミアン・ミラーは、的確なサインで投げさせたことを普通に評価されたが、彼が優勝の鍵を握ったと思う人はいないだろう。ダイヤモンドバックスの優勝にいちばん貢献したのは155キロ以上の速球を投げたピッチャーたちであり、1956年の稲尾のようにほとんど休みなく投げつづけながら、最高の投球を披露したベテランたちだ。

日本でもピッチャーが(すべての選手が)もっと上手に起用されれば、どんなに素晴らしいことか。稲尾の肩が1964年に早くも使いものにならなくなったのは、「走り込みが足りなかった」からでも、キャッチャーがうまく「リード」できなかったからでもないだろう。

稲尾が38歳、39歳になっても、ジョンソンやクレメンスのようにバッターを次々になぎ倒す場面をぜひ見たかった。その可能性はあったはずだ……松坂大輔のように現代の若い投手にもその可能性は十分にある……ただし、練習と起用法を間違えなければ。

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